一番抽象的で包摂的な定義 by柳田國男「桃太郎の誕生」
これとは反対に、西洋でも数多く知られている「異類求婚譚」(ラベルエラベット)、すなわち人間の美女または美男と、鳥獣草木などの人でないものとが縁を結んだという昔話などは、日本一国の内においても非常な変化発達をとげ、しかもその経路が今もなおおおよそは跡づけられる。
柳田国男「桃太郎の誕生」
※太字&マーカーは筆者によるもの
…と、石井正巳氏が著書「現代に共鳴する昔話 異類婚・教科書・アジア」で挙げられていた柳田國男のこの定義(太字赤線)が、今日を生きる現代日本人の使っている異類婚姻譚の認識が包摂されている感があって、一番適当なのかな…と思いました。
柳田はこのあと、「日本昔話名彙集」にてもう少し詳細に定義を行い、それがさらに後続の研究者たちによって細分化されていくようですが…
(その過程で「異類求婚譚」「異類相婚譚」→「異類婚姻譚」という用語が生まれていく…らしいです。参考:同書p.18-19)
詳細な話型の定義については、シロウトの私が色々と読んでいてもけっこう増減しているというか(取り扱う研究者の論旨によって変わっている)印象がありますので、以下に紹介していく定義を使うかどうかというのも、あくまで学問的な立場のひとつであると思っております(少なくとも学問的に取り組みたい、とかでない場合は…)。とりあえず「『異類婚姻譚』という用語を生み出した柳田國男が最初に使った包摂的な定義」としては、上記に紹介したヤツくらいが一番いいのかな、と思っています。
真剣に学問をされている方はこんなどこの誰が書いたかわからないウェブサイトなど読みこまない思いますし、これから学術的な学びを始めようと思っている方がかろうじて読んだとして、参考文献をピックアップするのにちょっと使う程度だろうな、と思って書いてます。コメント欄を解放いたしますので、ご意見や訂正といったリソースを割いてくださる方はそちらに寄せていただけますと幸いではあります。
石井氏の解説を概観すると、昔話をとりまく文化について、こういう大きく2つの流れがあるように思えました。
…その流れとは…
↓↓↓
「桃太郎の誕生」にて行われた、 抽象的でダイナミックな定義 (柳田國男) ↓ 「アジア心の民話」 (野村敬子) であるとか、 今日のサブカルチャー文脈での「異類婚姻譚」の使われ方 であるとか… | 「日本昔話名彙集」にて分類された「異類婚姻譚」 (柳田國男) ちょっと詳細な日本の昔話研究へ ↓ 「日本昔話集成」「日本昔話大成」 (関敬吾) ↓ 「日本昔話通観」 (小沢俊夫・稲田浩二) ↓ …そのほか色々な研究や文化へ… |
では、ここからは学術的研究での「異類婚姻譚」の流れと、やや詳細な「異類婚姻譚の定義と種類」を見ていきたいと思います。
柳田國男による「日本昔話名彙集」での整理
柳田国男は、日本の昔話を次のように大別。
完形昔話 | 派生昔話 |
そして、「異類婚姻譚(異類求婚譚)」といった概念ではなく、以下のように整理する。
完形昔話 の中の 「幸福なる婚姻」 ↓ の中の一部に 「天人女房/鶴女房/魚女房/竜宮女房/蛇女房」や「蛇聟入/猿聟入」 (この「幸福なる婚姻」には他に「隣の寝太郎」「山田白滝」「難題聟」がある) | 派生昔話 |
柳田のこの分類では「幸福なる婚姻」が主題で、『異類』は二次的なもの。そして、日本の昔話における異類との婚姻は大方が破局を迎えるのを承知で「幸福なる」という言葉で修飾したのは、柳田の「昔話は神話の末裔である」という昔話観が作用していると思われる、と石井正巳氏は語る(「現代に共鳴する昔話 異類婚・教科書・アジア」pp.)
関敬吾による「日本昔話集成」「日本昔話大成」での整理
動物昔話 | 本格昔話 | 笑話 |
このうちの「婚姻」(↑↓の連続性がまだ不明、元資料で確認します…)
婚姻・美女と野獣 (のちに「婚姻・異類聟」に改) ↓ 異類婚姻譚 ↓ 詳細は下記の図 | 婚姻・異類女房 ↓ 異類婚姻譚 ↓ 詳細は下記の図 | 婚姻・難題聟 ↓ 難題聟 (隣の寝太郎・山田白滝/難題聟) |
…そして「婚姻・美女と野獣(異類聟)」「婚姻・異類女房」詳細がこちら…
↓↓↓
婚姻:美女と野獣(のちの異類聟) Beauty and the Beast | 異類女房譚 Supernatural wife |
---|---|
蛇聟入 (苧環型/水乞型/河童聟入型) | 蛇女房 |
鬼聟入 | 蛙女房 |
猿聟入 | 蛤女房 |
蛙報恩/蟹報恩 | 魚女房 |
鴻の卵 | 竜宮女房 |
犬聟入 | 鶴女房 |
蚕神と馬/蚕由来 | 狐女房 (聴耳型/一人女房型/二人女房型) |
木魂聟入 | 猫女房 |
天人女房 | |
笛吹聟 |
関敬吾による「婚姻・美女と野獣/異類聟/Beauty and the Beast」の定義
(「日本昔話大成」角川書店、1978~80年より)
この章には動物ならびに超自然的なものと人間女性との婚姻を主題とする話を一括する。その基本要件は異類は昼は本来の姿をとり、夜は人間の姿をとる。両者のあいだは婚姻もしくはこれに類する性的関係によって結ばれる。両者の結合は一定の規範を守ることによって成立する。この原則から離れたものもあるが、ここではあえて修正しない。
(石井正巳「現代に共鳴する昔話 異類婚・教科書・アジア」p.20)
関敬吾による「婚姻・異類女房/Supernatural wife」の定義
(「日本昔話大成」角川書店、1978~80年より)
この章では異類女房譚を一括する。これらの物語に共通する点は、婚姻関係は一定の規範を守ることによって成立し、持続するが、異類側からの強い要請にもかかわらず、人間男性によってその規範は破られ、婚姻関係は破局に終わる。この点は異類聟においてもいわれる。西欧の研究者の多くが、この種のわが伝承をメルジーネ伝説とみる。
(石井正巳「現代に共鳴する昔話 異類婚・教科書・アジア」p.21)
『日本昔話集成』より踏み込んだ解説がなされているが、西洋の研究成果を直接持ち込む態度は後退したように思われる、と石井正巳氏。(「現代に共鳴する昔話 異類婚・教科書・アジア」p.21)
小沢俊夫・稲田浩二責任編集による『日本昔話通観』(※)での整理
(※)…同朋舎、1977~98年
むかし語り | 動物昔話 | 笑い話 |
の3分類にしてから…
むかし語り ↓ 「婚姻」の内に ↓ の内に 〈異類聟〉〈異類女房〉 を据える | 動物昔話 | 笑い話 |
…そして、その詳細が…
↓↓↓
異類聟譚(異類婿譚) | 異類女房譚 |
---|---|
蛇婿入 (糸針型/豆炒り型/立ち聞き型/嫁入り型/姥皮型/鷲の卵型/蟹報恩型/娘変身型/契約型) | 観音女房 |
蛇の求愛 | 絵紙女房 |
鬼婿入り | 竜宮女房 |
たら聟入 | 竜宮の婿とり |
くも婿入り | 絵姿女房 (難題型/物売り型) |
猿婿入り (嫁入り型/里帰り型/火焚き型) | 魚女房 |
猪婿入り | 貝女房 |
犬婿入り (始祖型/仇討ち型) | はんざき女房 |
天人女房 | |
星女房 | |
月女房 | |
蛇女房 | |
狐女房 (離別型/聞き耳型/田植え型) | |
熊女房 | |
猫女房 | |
蛙女房 | |
鶴女房 (離別型/謎解き型) | |
鳥女房 | |
木霊女房 | |
花女房 | |
しがま女房 | |
雪女房 |
この分類は関敬吾の分類をさらに徹底・詳細化したものと解釈できる。異類ごとの明快な話型の項目立てが特徴。話型ごとの詳細な研究は進めやすくなったが、柳田国男が行ったような話型を越えるダイナミックな研究は困難になり、研究の細分化につながったという課題が生まれた感がある…(参考:石井正巳「現代に共鳴する昔話 異類婚・教科書・アジア」pp.21-22)
…「現代に共鳴する昔話」による参考はいったんここまで…
ここからは、その他の書籍や論文による整理をまとめてみます。各自、論点によってちょっとずつ種類の増減をさせていて、おもしろいなと思います。各書籍や論文の論点については、筆者の解釈による要約であり、このコラムは第三者による監修などは受けておりませんので、そのへんの理解は自己責任でお願いいたします…。
花部英雄による整理
國學院大學で教鞭をとっておられた花部英雄教授の「桃太郎の発生」では、桃太郎説話の源流を求める過程で異類婚姻譚にも言及し、下図のようにまとめられていました。
異類聟譚(異類婿譚) | 異類女房譚 |
---|---|
101A 蛇聟入・苧環型 | 110 蛇女房 |
101B 蛇聟入・水乞型 | 111 蛙女房 |
101C 河童聟入 | 112 蛤女房 |
102 鬼聟入 | 113A 魚女房 |
103 猿聟入 | 113B 魚女房 |
104A 蛙報恩 | 114 |
105 鴻の卵(異類聟は蛇が主) | 115 鶴女房 |
106 犬聟入 | 116A 狐女房 A・聴耳型 |
107 蜘蛛聟入 | 116B 狐女房・一人女房型 |
108A 天蚕と馬 | 116C 狐女房 C・二人女房型 |
108B 蚕由来 | 117 猫女房 |
109 木魂聟入 | 118 天人女房 |
119 笛吹聟 |
134 田螺息子 |
135 蛙息子 |
224 浦島太郎 |
245 喰わず女房 |
「田螺息子」「蛇息子」「浦島太郎」「喰わず女房」は、婚姻が物語の主題ではないため学術的な分類では異類婚姻譚として取り扱われないことが多い説話ですが、その差異を読む比べられることが多いお話しです。今回も、花部先生は「桃太郎の発生」について論じるにあたって、言及するために図に加えたもようです。
花部氏の書籍にはほかにも「求婚のきっかけ」「何に化けるのか」「異類の正体は何であったのか」「誕生は語られるのか」「主な破綻のきっかけ」「結末」の一覧があります。気になる方はお読みください。
おまけ―沖縄の民謡でも歌い継がれる伝説の役人は「キジムナーと人間の子」
沖縄(琉球)の異類婚姻譚…というか異常誕生譚をちょっとご紹介。
国頭サバクイという人物は、人間とキジムナー(※)の間にできた子どもだと言われていた。
サバクイは、普通の人ならなかなか動かすことのできない木材でも、どんな大木でも、乗って動かすことができたのだという。
サバクイの意味は、番所の役人」という意味だと言われている。国頭サバクイの民謡は沖縄では歌い継がれているが、そこにとくに彼がキジムナーの子どもだとかそんな話はない。
恩納村にだけ伝わる話のようだ、とする。
(※出典「恩脳内村の民話 昔話編」恩脳村上教育委員会 1982年 )
(2021年,小原猛著『沖縄怪異譚大全: いにしえからの都市伝説』p.197)
(※)キジムナー…沖縄諸島周辺で伝承されてきた伝説上の生物、妖怪で、樹木(一般的にガジュマルの古木であることが多い)の精霊。精魔、セーマグ、ブナンガヤー、ブナガイ、ミチバタ、ハンダンミー、アカガンダーなどとも呼ばれる。