世界最大の悪は、平凡な人間が行う悪なのです。

そんな人には、動機も信念も邪推も悪意もない。

(哲学者ハンナ・アーレント)

 こんにちは、森かすがです。

「正義」「悪」という表現に対して、「昨今のワカモノはアレルギーがあるのでは」

と肌で感じている26歳です。

そんなとき、SEKAI NO  OWARIの昔の曲にこんなんがあるのを見つけ、

私が思ったことをつづってみたいと思いました。

■納得できるけど、やっぱりフカン症候群じゃないか?

悪魔と天使の世界であちらが正しいとかこちらが間違っているとかわからないんだ

「悪魔と天使」ぼくらがどちらかなんてさ

解るはずもなければ わかるはずもない

(世界の終り「天使と悪魔」より)

 好きな人は好きだけど「中二病っぽい」という認識もされてるセカオワのこの世界観。

現在も、曲の根底に流れるメッセ―ジは変わってなさそうです。

こういう風潮って、なんとなく納得できるよなぁと思いました

 私が中学生とか高校生とかで聞いたらじわっとはまりそう。

 しかし、今年26になる私が聞いて正直、

「これは結構なフカン症候群じゃないか?」と感じました。

これを発信しているアーティストはいいとして、

これを聴いて共感できる子たちというのは

「そこから一体どうやって生きるのか?」というのが純粋に気になります。

 

■人間は悪魔でも天使でもない

これ、「自分が悪魔か天使かどっちかわからない」

って考えられる誠実さがある人には

受け入れられる話だと思うんですが、

 正直な話し人間は悪魔でも天使でもないです。

 「神さまに似せて作られた善きモノだけど、

ひとりひとり原罪を持っている存在」

それが人間です。

人間である以上、天使でもなければ悪魔でもありません。

・・・だと私はキリスト教会に通って初めて聞いて、

すんなり受け入れられました。

みなさんはどう感じましたか?

こういうハナシは日本の情操教育ではまず触れませんし、

触れなければ気づかずに一生終えることも可能です。

そういう目線で「自分」という「人間」を考えた時、

もしかしたらあなたの世界が変わるんじゃないかと思うわけです。

 

■悪魔なんてほんとにいるのか?

 私はクリスチャンなんで「神」の存在を信じてます。

 (日本語の『神』という言葉が『GOD』と同じではない、

という微妙な差異もあるらしいので、

もしかしたら伝わらないかもしれませんが)

クリスチャンになる前は無宗教でしたが、

「無神論」ではありませんでした。

 神はいない、と断言するのは論理的に無理だと考えていたからです。

 世界は私が知らないことの方が多いですから、

自分を過大評価しないためにも

「自分が見えないことも受け入れる姿勢をもつ」

ということは大事だと思います。

で、キリスト教的「神」の存在を認めるならば、

「悪魔」の存在も認めざるをえないわけですよ。

 

■天使はいるのか?

 ということで天使もいると思いますよ。

見たことはないですが…。

これも「見た」と言う人のはなしもチラホラ聞きますので、

やっぱりいるんじゃないでしょうか。

 

■とはいえここでのポイントは

 とはいえ、ここでセカオワが言っている「天使」っていうのは「善」のこと、

「悪魔」は「悪」の性質の部分のことを描いているんですよね。

なのでそのつもりで書いていきます。

 

■その「ギリギリの誠実さ」は、いずれあなたを「悪魔」にする

「悪は悪人が作り出すのではなく、思考停止の凡人が作る」

哲学者ハンナ・アーレントの言葉ですが、どうでしょうか。

うなずける方も多いのではないでしょうか。

思うに、このセカオワの歌詞に共感できる人って、

誠実だけど、「特定の価値観」を持てずにいる人が多いんじゃないかな、と思います。

で、そういう人が社会で理不尽なことや色んな価値観にさらされると

自力では「特定の価値観を持たない」という価値観すら保てなくなり、

いわゆる「悪」とよばれても仕方ない行為に走ってしまうのではないかと思うんです。

まぁ、私の体験なんですが。

私も、以前就職した先の会社でイロイロ価値観がゆるがされ、

最終的には人に嫉妬し、

ときに人を傷つけ、

自分を守るため他人を蹴落とそうとする、

という「あきらかに人が傷つく」とわかっていることを行い始めたもんですから。

正直、学生の時はそんなに明らかに悪い行い(傷つく人が出るという行為)に走るとは思ってませんでした。

「俺はならない。やらない」って自信がある方は全然いいんですが・・・。

 

■だいじょうぶ?空虚じゃない? 

私は、 特に将来やりたいこともないけど大学出なきゃな、と思い美大に進学しました。

楽しかったけれど、どこかいつも空虚で、

ずっと未来が怖かったのを覚えています。

 

例えばなんですけど、休みの日。

部屋を掃除して、ご飯作って、食べて、

テレビ見て、

買い物行こうかな、でもめんどくさいな、

でも行かなきゃな、とか考えながらゴロゴロするんですね。

そんなときにふと

「・・・なんのために生きてんだろ…」

みたいな気持ちが押し寄せてくるわけですよ。

 「遊びに出ないからだよ」

と言う方もいるかもしませんが、

これは遊びに行っても「その場しのぎ感」しか得られないんですよ。

「こんな虚しさがつづくのか・・・」

とかそんなこと思っていた矢先、アトピーが悪化しました。

かゆいし痛いし眠れないし、

「生きていても何もないのに

なんでこんな痛みに耐えなきゃいけないんだろう…」

 と思った私は、狭い下宿のお風呂の浴槽に顔をつけ、

あと何秒このままだったら死ねるんだろうかと考えるわけなんです。

 でも、結局は怖くてすぐ顔を上げちゃうんですね。

こういう体験を経て私は自分にほとほと嫌気がさすわけです。

「生きる気力もなければ、死ぬこともできない弱虫」

だと、自分のことを考えるようになりました。

「…けれども、苦悩そのものが問題なのではない。
『何のために苦悩するのか』
という叫びに答えのないことが問題なのである」
(ニーチェの言葉)

という言葉があるように、

このときの私はまさしく「何のために苦悩するのか」がわからない状態だったんですね。

 

それからクリスチャンの友人に出会って、

 「神さまは、かすがちゃんのことも見ておられるよ。

かすがちゃんのその苦しみを、神さまは一緒にくるしんでくださってるよ」

 と言われた時、私はとても救われた思いがしました。

『 世界から取りこぼされていると思っていた私も覚えられているんだ。

そんなことが本当にあるなら、それを信じてみたい。』

 それが私が教会に通うようになったキッカケでした。

 

ここまで読んでみてどうでしょうか。

「ああ、なんとなくわかる。私にもそういうことある・・・」

と思う人、いると思うんですよ。

このときの私にセカオワの歌を聞かせてたら、

「救われない虚しさ」に浸って、そのまま沈んでたんじゃないだろうかと思うんですね。

つまり、「セカオワの主張を聞いて『自分は天使と悪魔どっちでもないさ』

と考えてるうちはあなたの空虚はなくならない」

というのが私の主張です。

 

■ということで聖書読んでみない?

それから5年かかって、

また信じられなくなったり、

でもやっぱり信じざるをえなくなったりして、

結局洗礼を受けた私がいます。

もし、人生の虚しさについて自分なりの答えを出してみたいと思うのであれば、

聖書を読んでみてもいいんじゃないかな、と思います。

最近はインターネットで礼拝動画を流してるとこもありますから、

まずはそういうとこから狙ってみてはどうでしょう。

もし聖書を読んでもいいと思うなら、

おススメなのが、まず「新約聖書」の「マルコによる福音書」です。

●聖書は分厚いけど、どこから読めばいい?

読む際のナビゲ―ションとして、

こういう無料通信講座もありますし。

 

■セカオワに共感できるあなたは、誠実だと思います。

もしあなたがセカオワのこの歌詞に共感をおぼえるものの、

自分の中にある空虚にこたえが出せなくて苦しんでいるなら。

そこから出てみませんか?

そこは一見正しく誠実な立ち位置に思えるかもしれませんが、

果てしなくつらい道です。

しかも虚しさは消えません。

若い方には自分が救われる道を歩いてほしいです。

 

もちろん、自分が信じることがはっきりしていればしているほど、

反対意見をいわれたり、責められたりすることが増えます。

でも、人間は「目的のわからない悩み」にも苦しみを覚える生き物なんです。

苦悩する目的がわかっているほうが、

何に対して苦悩しているのかわからないよりずっとマシだと私は思います。

自分が生まれてきた意味を知るには、

「自分は天使でも悪魔でもない」という表現の次のステージに行かなくちゃならないと、

私は思います。

 

。・。*このブログを書いたひと*。・。

kasugazigazousirofuku

【森かすが】1989年、徳島県の小さなお寺の末娘として生まれる。幼いころよりアトピー性皮膚炎に悩んでいたせいか、民間療法や美容情報に目がない健康・美容マニア。

マンガ家を目指し芸術大学に進学するが、在学中に導かれれキリスト教プロテスタントの道に入る。自分がマンガでまで表現したかったモヤモヤが解決され、残りの人生は「人によりそうようにして生きたい」と考え葬儀会社に就職。しかしアトピーの悪化や適応障害を発症、退職。

後にコーチングと出会い、自分の価値観が洗い出されていく衝撃的な感覚を経験。「私みたいに、心も体もボロボロでどうしようもない状態の人はたくさんいる。そういう人を癒して勇気づける仕事がしたい!」という想いから、リラクゼーションとコーチングが受けられるサロン【やどり木】を始動させる。人生の野望は「100人くらいの人から『かすがばーちゃん』と呼ばれて仲良くしてもらう」こと。

もっと詳しく知りたい方はコチラ→森かすが自己紹介ストーリー

■リラクゼーションサロン【やどり木】とは?→HPはこちらから

10年来の腰痛も一回で解消してしまう「背骨の運動」キネスティックセラピー&アラサー喪女からベターハーフに出会えるメンタルコーチングで、あなたのカラダとココロの背骨をメンテナンスいたします。ログハウスの木の香りに包まれながらリラックスしていただける、一日2名限定の完全予約制プライベートサロンです。

【お客さまの声】ボディセラピー コーチング

【住所】徳島県名西郡石井町石井→アクセス
【電話】080-6394-0840
【お問い合わせフォーム】→こちら

石井町のみならず、美馬市藍住町阿南市市内山城町市内川内町東京などにお住まいの方々からご愛顧いただいております。
かならずお返事差し上げます! *感想を伝えたい!質問がある!予約をしたい!という方はコチラから
*どれにも当てはまらないけど面白かった!という方はシェア!!

よろしければご意見・ご感想お寄せください

気に入った!役に立った!という方はシェアお願いします!!