このWEBコラムでは、蛇にまつわる日本の昔話を「トークノベル形式のものがたり」でお届けしています。人物の挿絵や状況描写イラストはイメージです。また、登場人物の台詞を現代的な言葉遣いに変更したり、制作者の解釈で付け足したりして再話しています。元のお話の意図を失わないよう意識しながらの制作に努めていますが、そういった営為は「解釈」ぬきには行えないことをご了承ください。利用した出典は明記しておりますので、気になる方はご活用ください。
はじまり、はじまり…
「ハブ住まず」
この話は、ご先祖の伝え話なんですがね…
むかしむかしに、神さまが一匹のハブを渡嘉敷、阿波連、前島の三字でくじを引いて分けたら、
前島は真ん中、渡嘉敷は頭、阿波連は尾が当たりました。
渡嘉敷と阿波連とは頭と尾がくっついてハブがいるようになったが、前島は真ん中かがあたり、それでハブはいないのだそうです。
そして、前島の印良苅の御嶽の前方にある伊利の畑には、そのハブのまんなかを埋めたところがあるんです。
その畑の真ん中には、これくらいの石があるんですけど…
今でもあるはずよ。そこにそれを埋めてあるから
…と言って、触らせてもくれませんでした。
おしまい。
アンケート…というか質問
えっ?どういうことですか?
↑こういうことですか???
ご存知の方いらっしゃったらよろしくお願いします…↓
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補足や資料
元の採集場所や文献 | 渡嘉敷村史別冊「『とかしきの民話』 |
制作者が参考にした文献 | 日本伝説体系第15巻 p.400 |
平成26年(2014年)3月5日、渡嘉敷村の島々を含む慶良間諸島は「慶良間諸島国立公園」に指定されました。
渡嘉敷島(とかしきじま)
渡嘉敷島は、那覇市の西方約30kmの海上にあり、慶良間諸島の東部に位置する島です。…(後略)前島(まえしま)
(前略)
現在はごく少数の人が暮らしていますが、かつては集落があり、明治41年(1908年)4月には渡嘉敷小学校前島分校が設置されていました。
島の東側にある印良苅(いんらかり)御嶽は、集落発祥の地とされています。阿波連(あはれん)ビーチ・渡嘉志久(とかしく)ビーチ <渡嘉敷島>
https://www.pref.okinawa.jp/chiiki_ritou/simajima/10tokasiki.html
慶良間諸島を形成する渡嘉敷島一帯では、スキューバダイビングやスキンダイビング、シーカヤックやジェットスキー、サーフィン、フィッシングなど、世界屈指の透明度と評されるケラマブルーの海を満喫することができます。
このコンテンツは「神さまがくじを引いた」という表現にしましたが、元の資料では主語がありませんでした。下記に記した類話に『神さまが…』と表現されていたので、それに準じて解釈し、制作いたしました。日本語は主語なしで成り立つハイコンテクストな膠着語だと聞きましたが、今まさしくそのメリットとデメリットを感じています。
現在も前島にハブは住んでいないのか?
…ということも気になったのですが、このへんちょっとややこしくて、現状前島には「いないハブもいるし、いるハブもいる」という状態のようです。(4種類くらいのうち1種類のみの生息、という感じかなと)
琉球列島の50余りの島々には、宮古島や与那国島のように、ハブのいない島もあります。ハブのいる島といない島 が、一つ置きになっているという言い伝えがありますが、左の図に示すように、実際には規則性はありません。
ハブの分布-沖縄公式ウェブサイト
「ハブはどんな所にいるか」とよく聞かれますが、残念ながら沖縄県では、山や野原、畑、公園など、草や木のある所 ならどこにでもいる可能性があります。
沖縄県公式ウェブサイトには分布の図式や表がありますので、興味のある方はご覧ください。
類話
沖縄本島ー宜野湾市――神が蛇を琉球、大和、唐の三国に分かった時、琉球は頭、大和は真ん中、唐は尾を得た。それゆえに琉球のハブは食い付き、大和の蛇は腹で人を打ち、唐の蛇は尾で人を刺すのである。(『南島説話』/日本伝説体系第15巻 p.400)