このWEBコラムでは、蛇にまつわるリス族(中国少数民族)の民話を「あらすじ」でお届けしています。『お話の筋は変えずに削る』方向性ですので、元のお話の意匠は取りこぼしている可能性が大いにあります。気になった方は参考元の書籍もぜひお手にとってみてください。
「蘇りの薬」
新婚の夫婦がいて、妻は阿四と呼ばれていた。(夫の名前は不明)。
二人の生活は大変だったが仲睦まじく穏やかに暮らしていた。
しかし、夫が病気で寝たきりになり、生活の負担が阿四にのしかかってきた。役人が税金や食料を取り立てにくるので、二人の生活はどん底に追い込まれた。
阿四は生計を支えるために奉公に出たが、それでも税金が払えず、ついに夫が役所に連行されることになる。阿四は夫を背負って山奥の洞窟にかくまい、自分は奉公に出てなんとか凌ごうと考えた。
阿四は洞窟で当座生活できるように整え、洞窟をあとにした。阿四の去り際に夫が「一目振り返っておくれ」と歌を歌うが、阿四は胸が張り裂けそうになり、それができなかった。
数日が立って、食料が底をついたので、夫は食べ物を探して洞窟の外へ這い出ようとする。そこに一匹の大きな蛇がおそいかかってきたので、夫はとっさに蛇を叩き殺した。
しばらくすると、もう一匹蛇が現れて仲間の死を確認すると、一本の木に這いあがってはっぱを加えておりてきた。その葉っぱで死んだ蛇をこすると、蛇は生き返る。
それを見ていた夫は、蛇のマネををしてその葉っぱで自分の足腰をこすってみると、足腰がだんだん楽になってきた。彼は数日続けてその木の果実を食べて葉っぱで身をこすった。すると、前にも増して丈夫な体になった。
夫はその木の葉と果実を摘み取って、こっそりと元の家に向かった。
家に戻ると、家は荒れ果てていて、阿四は過労によって寝床でうなされていた。
夫はすぐに妻に例の果実を食べさせ、その葉っぱで体をこすった。すると阿四は起き上がり、この状況に驚いたが、喜んだ。
この後、夫はこの蘇りの妙薬で不治の病に苦しむ人や動物を助ける旅に出て放浪の旅に出て、また家に戻ってきた。(この際、助けた犬を連れていると思われる)
夫は、旅先で集めた木の葉と果実を箪笥に収めて、「日が昇るときと月がでたとき、絶対に箪笥を開けてはならない」と妻に注意する。
しかし、好奇心に勝てなくなった阿四は、太陽が昇るときに箪笥を開けてしまう。すると、薬の半分が太陽に取られる。それゆえ、太陽は不老不死なのである。
同じように、残りの半分は月に取られてしまった。
夫はせめて月から半分の取り代えそうとして、トウゴマの茎を編んで梯子をつくって月に登ろうとした。阿四に「毎日、ハシゴの足に昼は冷たい水を、夜はお湯をかけろ」と伝令する。そして、かつて自分が助けた犬をつれて月へ登りはじめる。
夫は七日間、月にむかって登った。そしてあと九段のところで、まず犬を行かせてあとから続こうとした。
しかし、そのとき。阿四は朝に冷水をかけるのを忘れて、夜に冷水をかけてしまった。そのため、梯子はあっという間に壊れて、夫は転落死した。
こうして蘇りの薬は人の世から完全に消え失せた。
月に取り残された犬は、主人を思う度に付きに噛みついたので、月蝕が起こるようになった。
こうしてリス族の人々は「犬が地上の主人を恋い慕っている」と言うようになった。(月蝕の再には銅鑼と太鼓を打ち鳴らす)
また、洞窟で夫が阿四が去る時に投げかけた歌は、若者なら誰でも歌うことができる。(月が美しい夜、若者たちが集まってこの歌を歌いながら深夜まで踊る習わしがある)
補足や資料
元の採集場所や文献 | |
制作者が参考にした文献 | 張麗花・高明 編訳「木霊の精になったアシマ 中国雲南省少数民族民話選」pp.294-298 |
リス族とは…
リス族は中国、ミャンマー、タイ、インドの4か国の国境にまたがって分布し、伝統的に移動開拓型の焼畑農業を生業とする山地民である[2]。いくつかの飛び地は見られるが、基本的にサルウィン川に沿った南北に伸びる帯状に展開している。
引用:ウィキペディア 2024年6月24日時点
こちらのお話は、「死の神話学」収録 斧原孝守氏による『雲南少数民族の死の起源神話』 で知りました。p.110-111)
この「月蝕の起源神話」かつ「死の起源神話」と呼べるお話は、雲南少数民族には幅広く伝えられているようですが、以下のような要素を取り出すことができるそうです。
①蛇の薬草
男が蛇を殺すと、仲間の蛇が不死の薬草によって生き返らせる。
②不死の薬の入手
男は蛇の薬を用いて死人を蘇生させ、人々の病を治す。
③不死の喪失
妻が箱を開けたため、薬草は月に盗まれる。
④天界への梯子
男は犬を連れて天梯(天に続く梯子)を登り、月まで薬草を取り返しに行く。
⑤主人公の死
妻が男の言いつけを守らなかったため、天梯は倒れて男は死ぬ。
⑥月の犬・月蝕の由来
犬だけが天に登り月を噛む。それが月蝕である。
⑦月の不死の由来
月は不死の薬草で傷を治す。
(「死の神話学」第四章 斧原孝守 雲南少数民族の死の起源神話 p.110-111)
このお話はいわゆる「神話」に該当しますが、『雲南少数民族の民話集』にも収録されていたので、取り上げてみました。「神話」「伝説」「民話(昔話)」の区別についてはコチラのコラムで整理しています。
似たお話し
類話はドイツのグリム兄弟による『グリム昔話集』にもあって、そこでは夫が見つけた蛇の薬草によって生き返った妻が、夫を裏切るという話になっている。中国でも蛇が草を用いて仲間の傷を治すのを見て、薬を得たという話は南北朝に成立した『異苑』(劉敬叔撰・六朝宋)に「蛇銜」という薬草の由来として見え、蛇から薬を得るという話は、古くから洋の東西にわたって知られていた。蛇は不死の源泉であったのである。
(「死の神話学」第四章 斧原孝守 雲南少数民族の死の起源神話 p.112)