これは、アニメソング歌手【石川智晶】さんの歌詞にからめながら、私の想いや価値観を書いていくシリーズです。

ポジティブシンキングができなくて苦しんでる人や、生きる目的がなくて悩んでいる人、時には自分を捨ててしまいたいと思う人の人生に、少しだけ寄り添えたらいいなと思います。

 

こんにちは、森かすがです。

私は般若心経が好きです。(寺の娘でクリスチャンでありつつ般若心経が好きというなんとも形容しがたい感じなのですが)それに関してはこちらの記事もどうぞ→【人生に疲れたら】「般若心経」と「コヘレトの言葉」のロックさに打ち震えてみない?

 

 舎利子、色不異空、空不異色、色即是空、空即是色・・

 「舎利子よ、形あるものは実体がないことと同じことであり、実体がないからこそ一時的な形あるものとして存在するものである

したがって、形あるものはそのままで実体なきものであり、実体がないことがそのまま形あるものとなっているのだ。」

 

(ちなみに聖書にも同様の箇所がありますね。『伝道者は言う、空の空、空の空、いっさいは空である。』(伝道の書/ 01章 02節)どちらが先なのかは諸説あるようです)

 

私は幼いころ一生懸命覚えたので、だいたい唱えられます。そのときは、おばあちゃんが空で唱えてるのを自慢されてくやしかったから覚えました^^;

 

ただ、意味を知らなかったんです。教えてくれませんでした。たぶん、父(住職)以外は知らないので教えてくれなかったのでは、と思ってます。

 

■ 寺の住人にも知られていない「意味」をあらためて考えるきっかけをくれたのは「逆光」

 

あらためて意味を考えさせられ、好きになったきっかけをくれたのは、石川智晶さんのこの「逆光」でした。

 

この曲は、二胡の旋律が鳴り響いたかと思えば「♪しゃりしきふぃくく~ しゃりしきふぃくく~」というナゾのコーラスで始まります。

 

 このコーラスの部分が般若心経の舎利子、色不異空、空不異色がモチーフになってるようなんですね。

 

この曲は、石川智晶の思想というよりも、ゲーム戦国BASARA3の設定に心を寄せたものをねえさんの言葉で表現したという感じがします。

 

 

放し飼いにされた大海原で

迷ったふりして右往左往して

どこまでも認めたくないんだよもはや人ではないことを

 

空に浮く白い鳥「美しい」と目を細めても

今宵クヌギの木の住処へ足を踏み入れる

 

「なんて浅ましいやつか」と光の前にひれ伏してどれだけ謝ればいいですか

ああ、逆光は体をすべて埋め尽くす

 

たぐいなき日々を前にして

マブシクテマブシクテ…

 

「ここでは何をしてもいいんだよ」

何百回もまじないのように唱えた先に押し寄せる闇を

それを「恐れ」というらしい

 

深海を這っていた欲のない魚つれてきて

その成れの果て誰かが今楽しんでいるように

 

デットポイントはむしろ強く爪弾けと

断崖の端までいっそ微笑んで走る

 

ああ、逆光がシルエット浮かび上がらせる

わびしく怯えているんだよ

マブシクテマブシクテ…

 

 

この夜空に満開に咲いた

雪の花よすべてを消して

手をひかれた子供のころを思い出して動けなくなる

 

なんて浅ましいやつかと光の前にひれ伏してどれだけ謝ればいいですか

ああ、逆光が体を黒く埋め尽くす

類なき日々を前にして

マブシクテマブシクテ

オレハイマココニイル

ヤミクモニアザヤカニ

 

 

 

戦国時代が舞台のゲームのテーマソングとして、『戦場での人間の心情』をあらわしたかったんだなあという感じがします。

 

このとき私はまだ大学生でしたから、とくにそういった「ギリギリ」の状態にはあまり共感できず。

 

この曲に対しては「かっこいい」「イメージがふくらむ」「石田光成いいw」という感想くらしか抱いていませんでした。

 

智晶さんの描いた世界観に想いをよせたいがためだけに戦国BASARAのアニメも見はじめました。

 

■ だんだん「ギリギリ」になってくる私の人生。そこで沁みる歌詞

 

放し飼いにされた大海原で

迷ったふりして右往左往して

どこまでも認めたくないんだよ

もはや人ではないことを

 

 こういう部分も、最初は「ただ、ゲームを盛り上げるモノ」としか考えていませんでした。しかし、大学を卒業して就職した私を待ち受けていたのは、「自分は人としてどうなのか?」ということを自分に投げかけたくなるような出来事ばかりでした。

 

「ここではなにをしてもいいんだよ」

何百回もまじないのように

唱えた先に押し寄せる闇を

それを「恐れ」というらしい

 

そうこうしているうちに、私はこの曲ので謳われている『許されないような罪にまみれた人間』に自分自身がなってくのを感じます。この部分は、聴くたびにココロに押し迫ってきました。

 

 「ここでは何をしてもいい」

 

曲中では《戦場での殺人や略奪へのオマージュ》という意味で描かれているのでしょうが、忙しい仕事に心をなくし、周りがすべて敵に見えていた私にとってはこれは「自分の浅ましさ」を謳われているようなきがしていました。

 

(PVも現代風ですしね。イジメがテーマみたいですし、時代や状況は変わっても人間の心の闇はその都度その都度あらわれるものだと言いたいかのように感じます)

 

ここでは何をしてもいい・・・、

 

あの人もさぼってるし、あの人も人の影口言ってるし、あの人も仕事のミスをなかったことにしようとしてるし、あの人も人を牽制するために圧力かけてるし、

 

何をしてもいい。「何もしない」という優しさを持ってはいられない。何かしなければ、生き残れない。

 

ここでの自分の価値は、自分で守る。自分を守るには、周りを蹴落とさなければ。

 

 …そんな気持ちになり、闇に押しつぶされていく私・・・(笑

 

 『なんて浅ましいやつか』と

光の前にひれ伏してどれだけ謝ればいいですか

 

 「『神のような存在』に赦しを乞わないと生きていけない、弱い自分。でも、その弱さを認めたくなくて、「浅ましい」と自嘲して自分を守っている。

 

そんな気持ちを育てつつ、聴いていました。あれ?あんまりよくないなぁ・・(笑)

 

■ むすびにかえて

 

イロイロ、闇を増幅させる手助けになってしまう要素を持っている智晶さんの曲ですが、それでも私は智晶さんの紡ぐ言葉が好きです。神のような存在を否定しない、人間のもろさや弱さをニュートラルに受け止めている感じが好きです。

 

「神のようなものに赦しを乞う」というとある意味聖書的ですが、この曲の主人公は「赦されるもの」としては謝っていない気がします。

(「物語の最初と最後はいらない」で逆光をセルフカバーされてますが、これもサブタイトルは~許されざる者ここにあり~ですからね;;)

 

戦という大義名分ものと人を殺さなければならない状態とはいかなるものなのか、これを聞くと考えてしまいますね。赦されないけど、謝るしかなくて、だれも断罪できないがゆえに哀しい。

 

でも、それを認めて、それでもそういうものを包括して生きていくのが人間なんだと言わんばかりの「祈り」のような表現。

 

人を裁くことを人間はしてはなりませんが(やっちゃうけど)、そうであるがゆえに、もしこういった心境の方がいらっしゃるなら、神への存在に自分の罪をゆだねてその重荷をおろしてほしい・・・と切望してしまします。

 

この夜空に満開に咲いた雪の花よすべてを消して

手を引かれた子どものころを

思い出して動けなくなる

 

詫びしくおびえているんだよ

まぶしくてまぶしくて

 

弱いところを「弱いところ」として表現して、断罪もないし励ましもないし背伸びもないし卑下もないところが、私が石川智晶さんの歌を好きな理由です。

 

願わくば私も、そうありたいものです。

 

 

↓逆光・涙腺・落涙のセルフカバー&ヘブンリーブルーが収録されたコチラのアルバムもおススメ!

 

とくにカバー曲に関してはコーラスの般若心経成分がより濃くなってて、すごいです。車を走らせながら聴くと高揚感がヤバいです(笑)

 

 

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【森かすが】1989年、徳島県の小さなお寺の末娘として生まれる。幼いころよりアトピー性皮膚炎に悩むことで、対処療法的なアプローチよりも「身体の素質を高めていく」ようなアプローチに興味を持ち、民間療法を中心とした・美容・健康マニアとして歩む。

サービス業を経験しつつ、「自分が今すべきことは何か?」を考える。自分のアトピーの体験や、適応障害の経験により、「カラダとココロの根幹ケア」の必要性を実感。リラクゼーションとコーチングが受けられるサロン【やどり木】を始動させる。その人のありのままによりそいつつ、こっそりパフォーマンスを上げていくアプローチが得意。人生の野望は「100人もの孫から『かすがばーちゃん』と呼ばれて仲良くしてもらう」こと。

キネスティックセラピスト協会認定アドバイズドセラピスト/リラクアカデミー認定フィートセラピスト/すまいるすごろくコーチ修了コーチ/Yell認定クラウドサポーター

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